芸人として売れなかったけれど人とは違う面白い経験をたくさんしてきた
20歳から30歳までの10年間、ぼくはお笑い芸人をしていました。
いま考えると、やっぱり特殊な世界にいたのだなぁと思います。
苦しいこと・辛いこともたくさんありましたし、楽しいこともたくさん経験しました。
とにかく生活することで精一杯でした。
芸人をしていたことには微塵も後悔もありません。今でもお笑いは好きだし漫才師をカッコいいと思うし、芸人という生き様に憧れています。
20代の頃、お笑い芸人を目指してよかったなぁと思っています。
芸人として世にでることはできませんでしたし、芸人で稼いだお金もほとんどなくて。ほとんどがアルバイトの生活でしたし、客前に立った回数もそれほど多くはありません。
果たして芸人だったのかすら怪しい10年間でしたが、
他人から見たら「好き勝手な人生」に見えるでしょう。でも本人としては芸人であることが日常でリアルを生きていました。
芸人という特殊な世界
フリーターでもなければニートでもない、自分で芸人を名乗っていくしかない。
世の中に存在を知られていないと、芸人としては認めてもらえない。
音楽も役者もそうですが、売れていないと自分が何者かわからない状態なんですよ。
芸人は個人事業主みたいなもの
ぼくは吉本興業に所属していました。
吉本興業の所属芸人になるのは簡単で、吉本が運営する1年間の養成所卒業すれば、自動的に所属になれます。
一般の会社にいると、自分で仕事を探さなくてもすでに仕事があります。スケジュールや期限も決められているしマニュアルが存在していたりもします。
芸人にはそれらがまったくありません。
デビュー1年目の芸人にマネージャーは付きません。仕事が与えられるわけでもなく、自分たちで世にでる方法を考えていなくてはいけない状態になります。
いわば商品づくりから営業・販売まで、全て自分たちで考えて実行していくことになります。下積みもないのに個人事業主として開業しているようなものです。
当然、上手く行くはずもなく、デビューして数年は途方に暮れていました。
それでも自分たちでできることを探して実践していく。
自分の力でなんとかしなければいけない状況だったからこそ、精神的なタフさとか逆境に動じなくなったんだと思っています。
路上ライブをしてチケットを手売りしていた
デビューして1年目に与えられる芸人としての機会はライブです。
ひと月に1回、持ち時間1分のライブ。
そのライブに出るにも抽選があって、なおかつチケットノルマとして1枚1,000円のチケットを買い取るシステム。チケットが売れなければ自腹です。
面白いかどうかもわからない芸人のチケットを、誰が買ってくれるでしょうか。なので、チケットを売るために路上ライブをしてチケットを売っていました。
これは誰にやれとも言われず、自分たちで自主的にやっていたことです。
芸を磨くために他人のネタを見る
芸人はネタが面白ければ売れます。芸人は芸を磨くことが一番大切です。
ぼくは漫才をやっていました。漫才の作り方とかテクニックを教えてくれる人は誰もいません。
ネタを作りながら実践して学んでいく必要がありますし、先輩の芸を見てテクニックを盗んでいくしかありません。
よく舞台袖で他の人の芸を見学していました。自分の出番がない時でも、ネタを見るためだけに劇場に通ったりもしていました。
過酷な芸人生活で学んだこと
芸人生活をしている時は、本当にお金がなかったです。
とくに東京は家賃が高いですし、交通費もばかになりませんし。
アルバイトしていましたが、アルバイトをしすぎると芸人活動ができなくなる、やりくりが本当に大変でした。
そんな過酷な状況下でしたが、やっぱり好きなことを自分の意思で選択しているので、楽しさもありました。
アルバイトをやりくりする日々
普通のバイトができないんです。
居酒屋とか夜のバイトをするとライブと重なってしまってシフトに入れない。
かといって昼間はオーディションとかあった時のために開けておきたい、ネタ作りやネタ合わせの時間も大事ですし。
なので、早朝、ホテルの朝食を配膳するバイトをしていました。朝5時から昼まで働いて、何もない日は別のアルバイトをして。
そうして芸人の活動ができる時間と生活費を確保していました。
時間の使い方を考えて生活していました。
芸人仲間の存在が大きかった
周りの芸人もそんな奴らばっかりなんです。芸人になるために、北から南から上京してきた同世代ばっかりで。
やっぱり今まで出会ってきた仲間とは違いましたね。家族よりも家族のようなつながりも感じるわけです。
学生や就職は、半ば強制的に集められたり世間に流されて社会に出たやつもいたりするだろうけど、芸人は自分の意思でその道を選んだやつしかいないですから。
切磋琢磨する仲間ではあるけど、同時に同じ苦労をしている戦友とも呼べる繋がり。
仲間の存在は大きかったです。
芸人仲間から抜け出さなければ
上手くいかない時期がずっと続いて、
当初に思い描いていた芸人像とはどんどんかけ離れていくんです。
最初は焦っていたんですが、周りもそんな奴らばっかりだったので、どんどん慣れていくんですね。
こうなると、抜け出せなくなってくるんです。
ぼくは売れないまま30歳を迎えていました。
芸人としての成長を感じなくなったら
同じような連中とずっとつるんでいるとうことは、自分も仲間も成長していないということです。
芸人として売れるということは、その仲間たちから頭ひとつ抜け出して違うステージに行くといこと。
居心地の良い場所を、捨てる覚悟ができた奴から売れていきました。
ぼくの同期で売れていった仲間がいました。昨日つるんでいた仲間がテレビの向こう側にいる。
夢や幻想と思っていたテレビの世界が、現実のものとして突きつけられた瞬間に「このままではいけない」と、ぼくは辞めることを考えだしました。
芸人を辞めた時とっくに30歳を過ぎていた
30歳の時に組んでいたコンビを解散しました。
「もういちど一から頑張ろう」というにはあまりにも遅く、積み重ねてきたものもなく自信もなかったので、芸人を辞めることにしました。
しがみついて芸人の世界にいたとしても、人生がどんどん落ち込んでいくような気がして怖くなったのです。
一般社会だったら、10年間同じ業界や職場にいたらベテランでしょう。でもぼくの人生はマイナスになってしまったのです。
しばらく何をしていいかわからない時期が続きました。
芸人を辞めてからの人生
「なぜもっと早いうちから計画を立てて実行しなかったのか」
「目標や目的を持って舞台経験を積まなかったのか」
これが20歳、芸人デビューしたときからできていたら、ぼくは今頃売れていたのかもしれない。そう思って後悔する日々がしばらく続いて。
他にやりたいことが見つかって芸人を辞めたわけじゃなかったので、芸人を辞めてからの2年間はアルバイトで食い繋ぐ日々を送っていました。
「やりたいこと」ではなく「やれること」を探す
かなりの期間、やりたいことは見つかりませんでした。とはいえさすがにお金もなくなってくるし焦りも出てきて。
芸人をしていた時はやりたいことを優先して考えていましたが、やりたいことを探すことはやめて、やれることを探すように考え方を変えました。
ぼくにやれること何か。芸人としてしか活動してこなかったので、その経験を活かすしかない。
漫才をしていたのでコミュニケーション能力に長けているのではないか、そう思って「営業職」の仕事をハローワークで探しました。
実際に営業職に就いたものの、ぼくコミュニケーション能力や営業力がなくて苦戦しましたし、結局営業職が嫌になって辞めてしまったのですが。
そうして失敗しながらも、少しずつでも前に進んでいくことを覚えていきました。
自分に向いていることを探せるようになってきた
失敗を重ねるたびに落ち込みはしましたし、それこそ転職もたくさんしてきましたが、その経験が積み重なっていくことで成長を実感することも増えてきました。
そのうち、自分に向いていること・やりたいこと・やりたくないことを分析できるようになってきました。
と同時に、ぼくは芸人には向いていなかったことも分かるようになってきました。
人前に出て目立ちたいという欲求があまりないのです。これは致命的なことでした。やはり売れたい・有名になりたいという欲は、世に出ていくためには必要なのです。
30代半ばでやっと正社員になれた
就職しては転職、そんなことを繰り返して正社員として働き出したのは芸人を辞めてから5年後のことです。
Web制作会社にアルバイトから入社し、正社員として雇ってもらえました。
モノを作る仕事をしたかったし、技術や知識を磨いていく仕事が楽しいと感じていたからです。
30歳半ばで新卒みたいな状態。
もう、同級生とか世間とか、周りの目を気にしてもしょうがないと思っていましたし、自分の好きなように生きる。そう開き直ってもいました。
なぜ芸人として成功できなかったのか
あらためて考えてみると、
それはやはり、覚悟がなかったからだと思います。
芸人として生きていくと覚悟を決めていれば、もっと具体的な行動を考えていただろうし、まわりの環境に流されることもなかったように思います。
人とは違う人生を歩んできたからこそ
芸人をしていたせいで、30代からの人生が大変だったことは事実です。
一般社会で働くまでに、相当苦労しましたし、面接に落ち続けて何度も挫折しそうになりました。
でも、芸人をしていた頃の生活に比べると、たいしたことはないと思えたんです。食うことさえ厳しい時期がありましたから。
それにこうして、過去の経験をもとに話ができるようになりましたし、芸人をしていた奴なんて周りにはないですから。
今はnoteでエッセイを書いています。ネタづくりみたいなものです。
これらのことも、芸人をしていなかったらとくに関心を持っていなかったでしょう。
失敗などしていなかったんです。
過去は、結果的に成功に変えていけば輝きます。
やっぱり、芸人をしていて良かったと思うし後悔なんてない。今では、心底そう思うようになりました。