エッセイ
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ぼくがAIライティングを使わないでブログく理由

hisashi
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文章を書くことの本質って、考えることだと思うんですよ。

頭の中にある考えを文字として文章として表現しているに過ぎないと思うんです。

AIライティングを使うってことはつまり、考えることを手放していくこと・考える力を失っていくことですよね。

語彙や言い回し・形容詞や比喩表現などを、AIにごっそり持っていっていかれてしまう。

人間は言語で成り立っている生き物ですから、どうなんでしょう?AIを使い続けた先には、将来「あ!」「え?」「うふっ」とか、単体レベルの言葉しか発しない生き物になっていくのでしょうか。

そうですね、言い過ぎですね。

違うんですよ。AIをまるっきり否定しているのでなくてですねぇ、世間でも再三言われているとおり、使い方・扱い方を注意していきましょうよ!ってことです。

「まず自分の頭で考えること」

AIを使う上で、これが大前提に「ある人」と「ない人」では、人類の最終型・人間の最終型・ひいてはあなたの最終型や人生が変わってくると思うんです。

もしかしたら、AIが開発される前に生まれた人はラッキーかも知れません。だって時間をかけて言語の勉強をしてきたから。
一方でAIが開発された後に生まれた世代、2020年以降に生まれた人たちは、言語の勉強はしなくなるかも知れません。

これが人類の進化にどのように影響するのか。怖さもあり楽しみでもありますよね。

人間は太古の時代から、絵や文字で歴史を伝えてきました。そこには人間の思想や知恵考え方が一緒に記されていたわけですが、これがAIによってデータの集合体に置き換わるわけですよね。

そのデータの集合体は全人類の知恵ではなく、インターネットを通じた発信者による偏った思想になるのかもしれませし、ある意味でプロパガンダとも言えます。

さて、こんな話はどうでもいいとして、

ブログが同じような記事ばっかりになってしまう

もううんざりですよ。

「結論から書きましょう!」

「そのあと理由と根拠・データや体験を書きましょう!」

「いかがでしたか?」

みたいな、テンプレート化された文章は。見飽きましたし書き疲れました。

ぼくもブログを立ち上げた当初は「PREP法」で書いていましたよ。確かに人に何かを伝えるために書く文章は、見やすく・読みやすくあるべきです。

ですけどね、これがですね。

書いていまったく面白くない。そして、

読んでいてまったく面白くないんですよ。

Webライティングの案件を辞めた理由

これってさ、人間が書く必要ありますか?これこそAIライティングにお任せ案件ですよね。ぼくも一時期Webライティングの案件をやっていましたが、クライアントのレギュレーションには「PREP法で書いてください」と記載があります。

それはもう、AIに発注でいいのでは?

そもそもWebライティングの案件自体が、世の中の散らばっている情報を「わかりやすくまとめ直す」といった意味合いが強いから、これはAIにとっては簡単な作業なのですよ。

人間は到底敵いません。がっくしです。

AIライティングを使った執筆は認めません

WebライティングはAIの方が向いているのに、なのにWebライティングの案件では「AIライティングを使った執筆は認めません」といった決まりがあったりしますよね。

もう、どうしたらいいの?ぼくはそう思ってしまいます。

Webライティングの案件は、単価が下がることがあっても上がることはないでしょう。案件の数もどんどん減っていくと思います。

だがしかし、

コンテンツをつくることが大切

コンテンツを作っている人は話は別です。

文章コンテンツ・動画コンテンツ・商品・サービス。

コンテンツというのは「人の心を動かすこと・もの」だと定義します。

人の心、すなわち人の感情を動かすものを作れる・書ける人は、Webライターであろうが単価は上がっていくし、仕事も残り増えていくと思います。

人の感情を動かすこととは?

人の感情を動かすものとは、人の感情です。

情報には感情はありません。人の体験や経験には感情を伴ったエピソードやストーリーがあるはずです。というかなければいけません。面白くないです。

たとえばぼくだったら、

「お笑い芸人をしていました。二十歳のころ風呂なし4畳半の和室に住んでいて台所で頭をあらっていた経験があります」

どうですか?その当時の生活ぶりや心の葛藤・世の中への不満、やっかみ、お気楽大学生への怒り、両親への申し訳なさ、異性への変態的妄想とか、聞きたいですよね。

これがコンテンツです。こうした経験からぼくが学んだことや成功した・挫折したストリーは、もしかしたら人の心を動かすかも知れないのです。

一方で「ブログの書き方」みたいな情報やノウハウって。

「ふーん。なろほど」で終わってしまいませんか?

読者は机に座ったままで、椅子の背もたれに背中をつけて座ってるだけ。決して「おもしろ!」って鳥肌が立って椅子から立ち上がることはないですよね。

たとえAIライティングで感情を描けたとしても

あなたの中にはなにも残らないでしょう。

冒頭で言ったとおり、文章を書くことは考えることです。

考えるには体験や経験がないと無理なので、AIに頼れば頼るほど自分の感情にアクセスする機会を失ってしまうわけです。感情表現が豊かでなければ面白いコンテンツを作ることはできません。

AIのプロンプトを覚えるまえに、自分の感情を上手に扱えるようになっておく必要があると思っています。

だからぼくは、AIライティングを使った文章を書かないのです。

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